2005年09月29日

神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉

4062582716神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉
中沢 新一
講談社 2003-06-11

by G-Tools


以前「幻想作品愛好会」
宗教のことが話題になり、その時、響子さんに教えてもらったのが
中沢新一の「カイエ・ソバージュ」シリーズ。
選書だから、1冊の量はそれほど多くないが全5巻で内容は豊富。
5巻も読むのはとてもじゃないけど無理!と思ったので
一番興味があった4巻の「神の発明」と5巻の「対称性人類学」だけ買った。

大学の講義の内容を文書にしたものなので、文章自体は割と平易だが、
専門的な用語や言葉遣いはやはり難解であった。
それと前巻からの内容の続きもあるので
「意味通じない」状態で読み飛ばした箇所、多々あり。

日本語で「カミ」と呼ぶものは実は2種類あって
英語で言えば、spirit と god なのだが
原始社会ではスピリットしかいなかったはずの世界に
なぜ、どのようにゴッドが出現したのか。
というのがこの第4巻のテーマ。

人間は、目に見える現実世界とは別に
現実世界と密接して目に見えない世界が存在することを
原始の時代から知っていた。
それは目に見えないと言っても
瞑想や麻薬や様々な方法で得られる内部視覚から
その存在を見ていたからだった。
スピリットとはそこからやって来て、
その霊的世界と現実世界を繋ぐものだった。
人間を支配するものは自然の叡智であり
現実世界を超え霊的世界に触れることは
自然の叡智に向き合うためのものだった。
ゆえにスピリットやカミは霊的世界にコンタクトを取るために
必要なものだったのだ。

しかし、その世界構造は曖昧なものだった。
言葉で表しきれない、多様で混沌として観念的なものだ。
その曖昧さを排除しようとした時にゴッドは生まれた。
現実世界も霊的世界も超越し、
ただ一人の神が高みから統一的な世界を見渡す、という図式を作ることで
世の理(ことわり)を全て言葉で表し、客観という視点を作る。
自然の叡智は言葉による知恵を知ることに取って代わられ
完全なる知が人間を支配する、という構図に変わっていった。

文中によく出てくる「対称性」という言葉の意味が
今一つピンと来ないのだが、内容的にはこんな感じだろう。

文章の端々に一神教の弊害を嘆く論調と
スピリットのいる世界への憧憬が感じられる。
まあ、確かにロゴスの支配は人間に素晴らしい発展をもたらした一方で
権力者に都合のいい社会を作り出してしまうという弊害によって
地球の危機にまで瀕しようとしているからなあ。
宗教が没落してきて、やっと人間が再び自然に目を向けるようになった
というのも事実だし。

でも、実際は一神教といっても、
完全な統一的世界になってるわけじゃない。
キリスト教にも聖霊という名でスピリットは存在しているし
イスラームだって、一般人の信仰レベルでは結構いい加減だったりするし
どこの宗教にも神秘主義者はいて
言葉で表せない世界を求めて異端呼ばわりされたりしてるし。
一神教の出現は確かに革命的な思想改革だったかもしれないけど
それで霊的世界への入口が閉ざされたわけではなかった。
だから一神教の出現が一方的に
人間を閉鎖的な統一世界に追いやったというのは
言い過ぎという気もするのだ。
社会的に見れば、そのような弊害もあるかもしれないが
個人の信仰としては、たった一人の神を見上げるという行為が
純粋に自分を支える柱となるのも事実だから。

一神教と多神教、どっちが良い悪いとよく言われるが
良いか悪いかなんてことは関係なくて
融通と多様性こそが人間には必要なんだなーとあらためて思ったのだった。
posted by きんと at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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